第一事業部 部長/2011年入社 平雄太郎

このほど第一事業部の部長に昇進された平さん。18歳のころにヤマヒロでアルバイトをはじめたことが人生のターニングポイントだったとか。

平さん(以下(平))大学に入るときに上京してきたのですが、実家から持ってきた暖房が灯油ストーブしかなくて。近所のガソリンスタンドに灯油を買いに行ったら、たまたまその場所がヤマヒロの経営する武蔵野SSだったんです。そこで目に入った貼り紙を見て応募したので、言ってしまうと人生のターニングポイントは「灯油を買いに行ったこと」かもしれません(笑)。

大学卒業後、2年間のアルバイトを経てヤマヒロに就職。実家の家業を継ぐか迷っていたタイミングでの就職だったそうですが、葛藤はありませんでしたか?

(平)2年間就職せず迷っていたくらいなので、内心は葛藤だらけでした(笑)。でも当時の店長から「家業のことも考えながらでいいから、一度就職してみなさい」と言ってもらえて。その言葉に背中を押されて、正社員になることを決めたんです。就職後は三鷹の小さな店舗で車検やレンタカーなどの基本的な業務を学んだあと、当時状況があまり芳しくなかった所沢下富SSという大型店舗に異動。で、ちょうど1年働いたくらいですかね。当時の店長が突然異動することになって……。新たな店長として白羽の矢が立ったのが私だったんです。

でも最初の店長経験は、失敗の繰り返しだったとか。

(平)そうなんです急な昇進だったので、店長としての業務を学びながらでしたが、当然お店の数字も落とすわけにいかない。しかも当時は会社の方針が変わったばかりで、スタッフも新しくなった経営理念についていくので精一杯でした。部下にうまく頼ることもできず、自分でぜんぶ何とかしようとしていたら身体を壊してしまい、けっきょくお店にも迷惑をかけるかたちに……。

でも自分が倒れている期間、店舗に残った部下たちが「平がいない間、代わりに自分たちががんばるぞ!」と一致団結して、前年度の売り上げを超えるほどの数字を出してくれたんです。この出来事を経て、「支えてくれる部下やクルーがいてくれるからこそチームは回る」という経営のいちばん大切な部分を学べましたね。

そうした経験を経て、2021年には毎年1人しか枠がないという社長賞を受賞しました。

(平)この受賞は、それまでヤマヒロで使っていたとある部品を別メーカーのものに変更することで、年間700万円ほどのコスト削減を実現した功績が大きかったと思います。でもこれも、現場で部下たちががんばってくれたからこそ実現したこと。自分は代わりの業者を手配したりリサーチをしたりと、そのための準備をしただけだと思っています。

それに当時は賞のことなんて考える暇もないほどがむしゃらに仕事していたので、授賞式で自分の名前が呼ばれたときにはきょとんとして、5秒ほど固まってしまいました(笑)。

現在では、担当する5店舗を回りながら数字やスタッフのマネージメントをする部長に昇進。ヤマヒロでキャリアアップするためのコツはありますか?

まずは上司や先輩の言うことを、素直に聞くことですかね。そのときは意図がわからないことであっても、実践していけば将来きっと役に立ってくるはず。あとは自分が店長など上の立場になったときに実行してみたいことを常に考えて、周りに発信することもすごく大事です。そうすることで気持ちや覚悟が伝わって、やがて向こうからチャンスがやってくるんだと思います。

17年もの間ヤマヒロを支えてきた平さんから見て、ヤマヒロという企業が持ついちばんの強みとはなんだと思いますか?

(平)人を大切にしてくれることですね。「ファミリー企業」なんてよく言いますが、ヤマヒロの場合、ほかとは少しレベルや解釈が違っていて。というのも、プライベートにも社長がガンガン入ってくるんですよ(笑)。ひょっとするとニュアンスが違えば、ちょっと問題になりそうな話に聞こえるかもしれないですが、たとえば私の昇進条件に「いついつまでに婚姻届を出そう」と言われたりとか(笑)。

でもウチでは、この言葉は「社長がそれほど社員一人ひとりを想ってくれている」ということの表れで、みんなもそれをわかっているんです。「社員はもちろん、その家族全員の生活を背負う」山口社長は本気でそう覚悟していますし、それをスタッフ全員が感じながら安心して働いていけることは、やっぱりいちばんの強みだと思いますね。

尊敬する人はいますか?

(平)いちばん大きな影響受けたのは父親ですね。経営者としても、ひとりの人間としても尊敬しています。自分が家業を継ぐか迷っていたときも、何も言わずに決断を私に任せて見守っていてくれて。本当に厳しい人ですが、絶対に見捨てないでくれる父がいてくれたから、こうして自分で自分の人生を切り開くことができているし、どこかで道を踏み外すこともなかったのだと思います。

いまは店舗の経営のことを相談したり、教わったりもしていて。父の事業は土木関係なのですが、管理職になってからは「わからなくなったら現場に行け、答えは常に現場にある」ということをよく言われていますね。

経営者になることが夢だった平さん。将来的には起業も夢みているそうですね。

(平)そうなんです。ヤマヒロでは年商が10億円にもなる店舗もありますし、一人ひとりの裁量も大きいので、店長としてひとつのお店を任されれば、ひとつの会社を経営することに近い経験ができます。尊敬できる幹部に恵まれていたこともありますが、自分が店長をしているときに経営の奥深さとおもしろさに強く惹かれてしまったんです。

また、2020年にJeepのディーラー事業を展開する子会社「Solinity(ソリニティ)」の社長に就任した今田陽さんをはじめ、ヤマヒロでは経営者になりたいという社員の想いを子会社の設立で叶えてくれる社風もあります。夢は精一杯描きながら、それを周りに伝え続けることでいつかは自分も……と思っています。

夢が広がりますね。晴れて部長として経営層の入口に立たれた平さんですが、ヤマヒロを将来どのような企業に成長させていきたいと考えていますか?

ヤマヒロは、ただ目の前の数字に手を伸ばすような企業ではないので、50年あるいは100年後でも永続して成長していけるような方法を考えていきたいです。そのためにはエネルギー業界という視点にとらわれることなく、東京という経済圏でより存在感を発揮できるようになることが大切だと考えています。

これから入社する未来の社員にアドバイスをお願いします。

(平)大切なことは、学びつづける姿勢。そしてその上で、自分がこの先どうなりたいかを考えつづけることだと思っています。研修制度やサポートしてくれるパートナー企業など、ヤマヒロには学びたい分野をとことん学ぶ環境が整っていて、自分がやりたいこと、なりたい自分を発信しつづけていれば、それを柔軟に叶えてくれる土壌もあります。

たいへんなこともあるかもしれませんが、そういうときには本当に家族のように、みんなが支えてくれますし、私たちも全力でその夢をサポートしていきます。いつかみなさんに後輩ができたときには、今度はみなさんが彼らの夢を支えてあげられるよう、「なりたい自分」をイメージして、興味あることにはどんどん手をあげていってください!

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