セルフ蕨サービスステーション・主任/2015年入社 木伏直也

サービスステーション主任2年目となる木伏さん。ヤマヒロでのキャリアのスタートはクルー(アルバイト)でした。

木伏さん(以下())はい、学生時代から陸上に打ち込んでいて、実業団を目指していたんです。卒業後はヤマヒロでアルバイトしながら、試合に出る日々を送っていました。当時働いていた店長やスタッフからは(ヤマヒロ入社を)毎日のように(笑)勧められていましたね。

6年目、28歳で正式に入社。

)社員の仲の良さ、働きやすさは長年働いていてよく知っていました。年齢的なこともあり、だんだん陸上を続けることやその先の将来に壁を感じ始めると同時に、ヤマヒロで働く自分を自然とイメージできるようになっていた。学生時代の仲間や周りから「バイトの延長だろう」「ちゃんと考えた?」とも言われましたが、それも重々承知の上で。未経験でしたが、元より車が好きだったので、迷いなく自然な流れでした。

入社後1年経たずに本社へ異動し、経理業務に就くことに。戸惑いはありませんでしたか?

)驚きはありました。ただ体育会系気質というのか(笑)、基本的に「なんでもこい!」というスタンス。“エマジェネティックス”での適性が踏まえられていたことも興味深かった。最初は大変でしたが、ルールや正否がはっきりしている仕事なので逆にやりやすかったですね。業務の関係で各店舗を回るのでスタッフの顔と名前がだんだん一致していく。「調子どうですかー?」なんて声を掛けるのも楽しくて。

「成績優秀者賞」も受賞! どんなことが評価されたんでしょう。

)自分でもはっきりとわからないんです(笑)。経理では存在していなかった金銭チェックや請求書の作り方などについての“マニュアル”を作ったり。何もないところから作るという大変さはありつつも、今後のためいかにシンプルにわかりやすくできるかを考えていたし、やりがいも感じていました。

2年を待たずして、サービスステーションへ配属。それが“ターニングポイント”だったとか。

)はい、配属先は第三事業部という洗⾞やコーティング等、外装を扱う店舗でした。体を使う作業、またコーティング技術のシンプルだけど奥深い部分が陸上と重なり、「あ、これ自分に向いているな」と。ここでやっていきたいと意識が変わりました。車のコーティング技術の資格を取るにもコンテストがあり、明確な基準の元、点数化される。突き詰めていくうちに点数も上がり、最近では首都圏のコンテストで4位に。今は楽しくてしょうがないです。

モチベーション維持のポイントは?

)品質を落とさないことは大前提。車に価値を求めているお客様に対して、いただいているお金の分、頑張らなきゃという気持ちで臨んでいます。体力仕事で疲れがあってもお客様の反応が直接見られる今の仕事が好き。お客様から言われる「ありがとう」って本当にモチベーションです!

1児の父でもある木伏さん。働きやすさはいかがですか?

)自分の性格やライフワークが、会社の取り組みやシステムと合っていると感じています。妻とは共働きですが、私が10時出社なので毎朝娘を保育園へ送るのは私の担当。妻に感謝されます(笑)。ヤマヒロでは誕生日に社長から手紙が届くんですが、配偶者にはプレゼントも贈られるんですよ。イベントを通して家族ぐるみのつき合いがあったり、仕事と家族の距離が近いのは双方への理解も得やすく、いいことですよね。

今後の目標やご自身の考えを教えてください。

)今の店舗では主任として、キーパーに携わる仕事にプライドをもっています。それもヤマヒロという“ホーム”があって、その価値観に共感しているからこそ。横のつながり、社長やスタッフ間の距離、コミュニケーションの良さは今後会社が大きくなっても、忘れたくないものです。私自身は体が動く限り今の仕事を続けたい。いずれは弊社内でコーティングのトレーニングスクールができたら、そしてそこで指導にも携われたら、なんて思い描いたり。いや、こんな企画が本当に実現してしまう可能性がヤマヒロにはあるので、ワクワク夢見てしまうんです。そこにたどり着くまでに、まずは部下をもって、お店を任されたいですね!

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